丹波黒は、兵庫県農事試験場が古くから丹波地方で栽培されていた黒大豆の在来種(波部黒)を取り寄せ、明石本場と但馬分場で品種特性の把握の比較試験を行い、1941年(昭和16年)に「丹波黒」と命名し、奨励品種にした品種名である。
※ここでの「丹波黒」は品種名をさしています。黒豆、丹波黒大豆、丹波黒と呼んでいるのは、丹波の在来品種(波部黒)です。正真正銘の丹波黒です。
ようするに当園でも黒大豆(枝豆)で使っている品種が波部黒です!!
兵庫県において、同県多紀郡地方の川北在来および波部黒在来にたいし、丹波黒と命名したものである。 12月上旬成熟する秋ダイズ型の極晩生種にして、草丈長く、分枝多く、さや数は少なく、花は紫色、短毛はカッ色である。子實は、極大粒・球形・黒色を呈し、種皮にろう粉を生じ、品質上位。煮食用として最高級。 ※大粒であるほど成熟期が晩生化する特色がある。
とにかく全国でも見られないほどの特別品種で他の大豆に類を見ないものでした!!
丹波の黒大豆の栽培歴史は、寛西11年(1797)の丹波国大絵図に、丹波国名産として「黒大豆」が記載されているから、栽培の起源はもっと古い。丹波国は現在の兵庫県多紀郡(篠山市)、氷上郡から京都府北桑田郡に至る地域である。
よ波部黒、川北、はどちらも今の篠山市内で生まれました!!
「川北黒大豆が全国に名声を博した理由は、丹波篠山藩主時代は篠山川の上八幡淵より川北のエベヌ淵まで殺生禁断の場所であったが、時の藩主松平公が多くの家来を引き連れ川北に狩に来られた時、庄屋の山本彌三郎邸に昼食せられ、その折庄屋宅にて黒大豆を差し上げたところ、その味格別にて大変御意に入り、それ以来川北の年貢米の内十石は黒大豆にて納め、青山公の末期まで続けていた。
松平公は川北黒大豆の独特の味を賞で時の将軍に献上したので、将軍におかれてもその風味を賞し、直参はもとより数多の家臣に振舞われたので、その独特の味が江戸中言い伝えられ、気の早い商人は店頭に丹波川北黒大豆と書きたてるように」なったと書かれている。
だから関東でも「丹波」という知名度は高いんだね!!
江戸時代の後期から明治時代にかけて、日置村(現在の篠山市日置)の豪農大庄屋の波部六兵衛と継嗣波部本次郎によって、優良な黒大豆の種が作られ、「波部黒」と名付けて奨励し、今日の丹波黒の礎ができた。
川北黒大豆の言い伝え
昔の人も今でも良いものとして認める。。。これが「本物」って事だね!
生産量
米が2石5斗、1升100円の時代に、黒大豆の反収1石~1石2斗、1升300円が普通であった。その後、米の品種改良が進み3石~5石もとてるようになった事により、大豆を作り有利性が薄れてもきている。
主要地域も多紀郡(篠山市)のみでなく、宍粟郡、朝来郡、多可郡とひろがった。
また全国でも広がっている。
全国の合計5532ヘクタールとなった。
ちなみに兵庫県「丹波黒」は1039ヘクタールである。
| 1976年 | 86ヘクタール(うち丹波 46ヘクタール) |
|---|---|
| 1985年 | 377ヘクタール(うち丹波232ヘクタール) |
| 1995年 | 817ヘクタール(うち丹波410ヘクタール) |
| 1996年 | 1039ヘクタール(うち丹波451ヘクタール) |
| 岡山県 | 「丹波黒」1000ヘクタール |
|---|---|
| 京都府 | 「新丹波黒」442ヘクタール |
| 滋賀県 | 「丹波黒」378ヘクタール |
| 香川県 | 「丹波黒」269ヘクタール |
つまり上記でもあるように、丹波黒大豆(丹波黒)と呼べるものは、篠山で採れた川北、波部黒品種ということである。最近では7月とかに早生などという熟期が短い紫ずきん、タンクロウはもちろん別ものであるが、それを丹波黒大豆として売られていることが多い。
そうそうっ!ちなみに一反(田んぼの尺度を表す)で、枝豆時に収穫できるのが800kgです。作物自体の枝を含めば1トンはゆうに超える量です。
気づいた?他県でも丹波黒という品種として生産されています。くれぐれも、下手なお店にてB級メーカーの丹波黒煮汁とか何とかを買わないようにネ!ちゃんと篠山の会社かどうかを確かめて買われることをお薦めいたします。兵庫県で全国の約20%作っていますが、ほとんど県内で加工されます。では他県のものは、他県の業者が作っています。
昔から、黒大豆が体に良いことはよく知られてきた。咳がでたり、のどが痛いときなど黒大豆の煮汁を飲むと良いと教えられてきた。
古代中国の聖人神農が著したとされる医薬書「神農本草経」には、黒大豆が病気の治療に用いる食物として書かれていたという。日本の本薬学に多大の影響を受けた「本草網目」(1590)に黒大豆の薬学的効能が書かれている。
「大豆には黒、白、黄、褐、青、斑と数色あって、黒のものは鳥豆と名けて薬に入れ、また食料にし、鼓を作るのに用いる。黄なるものは豆腐に作り、油を作り、醤を作るにもちいる。その他の種類はただ豆腐にし、また炒って食ふ位のもである。」
「そもそも豆には五色あってそれぞれ五臓を治すものだが、黒豆だけは水に属し、性寒にして腎に對する穀物であり、腎に入るの功果が多い。故に能く水を治し、張を消し、気を下し、風熱を制するのであって、血を活かし、毒を解するは、所謂同気相求めるものである」
(白井光太郎監修、鈴木真海 翻訳「国譯本草網目」、1932年)
また、江戸時代前期に出た寺島良安によるわが国最初の百科辞典「和漢三才図会」(生徳2年、1712)にも、黒大豆の効能について記されている。
このように、漢方では黒大豆が薬用として用いられ、
(1)腎臓の機能を高め
(2)血液の循環をよくする
(3)水分代謝をよくする
(4)解毒、解熱などの効用があるとされている。
これらの効用は、自ら口に入れたり、多くの人々に試してみたり、の繰り返りから生まれてきたものにちがいない。しかし、黒大豆のどの成分が体内でどのように作用し、結果としてどのような効能効果があるかという因果関係が明らかでなかった。
野崎豊氏は、高血圧症、糖尿病での丹波黒大豆の臨床効果と薬理効果を報告している(1997年)。
「黒大豆は体によい」と昔から言われてきたが、その薬効作用の解明が始まっている。
横の写真は、黒豆が畑にあるときの写真です。っていうかこうなってなってるのを見たことありますか?比較的に根っこの方に身がついているでしょう。。。これが特徴です。
葉っぱは上に覆いかぶさるようになっていて、太陽のエネルギーをより吸収しやすくなっています。また、葉っぱから水分が出て行きやすくなる分、大地からの栄養も引き上げやすくなり、土からの栄養分は途中の身(房)においていきます。大きくなるわけです。
土が黒いのがわかりますか?これは丹波の大地の特色です。大昔は大きな湖の湖底であったために、粘土質で栄養分のある土なんです。水分の貯蔵にしても栄養分にしても流れにくく、良質の土とされています。
この地方(盆地)の下は石灰層があり、土壌をアルカリ性にするために農作物がよく育ちます。立ち枯れや病気から茎や葉を守り、強くするんですね!
良質の土から良質の作物ができれば、もちろん喜ぶのは我々人間だけではありません。だから、よく面倒をみてやらないと、人間が口にする前に、誰かさん???の口のなかにはいったり、だれかの繁殖のための栄養に変わってしまうんです。(野生の動物や、虫などなど....笑)
そうっ!盆地。盆地の気候の特色はお分かりですか?
朝には朝露と霧。日中には蒸し暑いほどの気温と湿度。夜には一気に放射冷却の影響と山村の谷低気温。これが毎日つづきます。これに比較的多い夕立(適度の雨量)栄養分のある土。これが丹波の大地を育んでいます。(人間には作れないよね.... これぞ!大地の恵み!!)
大地や気候に恵まれているのは分かった!それでは次に農業に営む人はどうであるか?いたって、のどかで、気さくといえば気さくだけどとにかく、田舎の雰囲気を醸し出してますね~。でも、戦時中は疎開先、そして兵隊の訓練場がココ篠山だったことを考えると、神戸市、大阪市、西宮市、尼崎市、京都府など、どこにいくのもそんなに不便じゃない位置にある。一度地図をみて確かめてみてくださいね。
だから、比較的「田舎者でありながら、近郊の都市の情報も早い....」また、土地柄が昔(江戸時代以前)から優遇されていました。それはやはり特産物が豊富で、京都に都があった時代にも宮中用の食物を丹波で作らせていたからでしょうか、けっこう賢い?(ずる賢い....笑)
丹波黒は、兵庫県中部にて6月上旬播種・12月上旬成熟の晩生種です。ただ生産現場では正月用の出荷のために、黄葉期よりやや早く葉取りなどをして強引に収穫してしまうことが多く、霜による強制成熟もあるので、「大豆の成熟期調査基準」に定義されているような状態(子実が硬化し、莢を振ると中でカラカラ音がする)には実際のところならず、成熟期は分からないといった方が正確でしょう。
普通の大豆に比べて草姿が大きく、主茎が太い。茎の径は2cm以上になることもあります。しばしば蔓化(まんか)、倒伏し、主茎下部や下位分枝の付け根が折れたりするので、栽培管理に苦労が多いです。そのための配慮の一つとして、極端な疎植(条間1.2~1.5m、㎡あたり2本前後)が行われています。
葉色は薄く、子葉は円形で大きい。葉が大きいという性質は、子葉が大きいということにもつながり、子葉が大部分を占める大豆の子実を大きくしているものと考えられます。日照に応じて葉の角度を変える調位運動はほとんどみられません。ダイズモザイクウィルスに抵抗性がなく、8月頃までに大部分の固体が発病します。花が咲いても、そのうちで莢実になる割合は、虫害や乾燥害がたとえ軽微でも、比較的少ないのが現状です。言い換えれば結莢率が低いので、同化養分が葉に残り、登熟期の葉は厚く、硬く、ウイルスの影響もあってシワが多くなります。
以上のこと(極端な疎植、草姿、葉の外観など)から、普通の大豆の知識があり、かつ丹波黒のほ場を初めて見る人は、「これが大豆か」と驚くことになるでしょう。
丹波黒の特徴は?
★子実はおそらく世界一の極大粒であるとされていること。
★大粒であればひどくなりがちな裂皮は、丹波黒では極めて少ない。
★粒形は幅/長さの比が0.9以上の“球”で種皮の表面に白い「ろう粉」を生じる。
数年に一度ぐらいの頻度で、種皮に莢の内部表皮が白く薄く付着し、あたかもカビが生じたかのようにみえることがあります。
これを産地では「障子粒」と呼んでいます。この原因については明らかになってはいません。
また、他の品種の黒大豆にも同じくこのような現象があることから、黒豆の表皮の特異性によるものと考え研究が進められています。
その大きさの目安は?
| 3L | サイズ 12mm以上 |
|---|---|
| 2L | サイズ 11~12mm |
| L | サイズ 10~11mm |
| M | サイズ 8~9mm |
| S | サイズ 7mm以下 |
丹波黒は1960年ごろまでは兵庫県から京都府にかけての「丹波地域」の南部の一部で栽培されていた在来品種で、大粒ということでは当時から有名でした。
劇的な変化を遂げた!それは大粒化と晩生化である。
1950年ごろの兵庫県で確認している黒大豆の百粒重はおおむね40g台で、現在では改めて80g前後とされています。また成熟期は11月から12月へと晩生化したと考えられています。
50年のほどの間に、もともと日本一大きかったものがさらに2倍に大粒化したことになります。稲や大粒の種子の常識では考えられない奇妙な現象です。
丹波黒は、遺伝的変化が比較的起こりにくい自殖作物である。
大粒化の原因として考えられること(理論的な検知)
(1) 原種管理をしない在来種で、産地内に遺伝的変異を多く含んでいた。
(2) 転作に伴う新興産地(滋賀や岡山などの他県)を台頭を契機に、旧来の産地では、大粒品を生産することによって伝統産地(丹波篠山)の優位性を強調しようという考えが強くなり、他では作れない大粒のものを主に生産した。
(3) 丹波黒が高い水準での生産をされ続けたことにより、良品位として成長した。
(4) 全国の生育環境が整備され、生産技術が上がったことにより、元々、大粒の遺伝をもっていた丹波黒がその素質を開花させ、更に大きくなった。
丹波黒には、大粒の中では最高の美味しさ、煮豆の軟らかさ、風味の良さがあり、官能調査ではこのことは歴然とした結果として現れます。それゆえ丹波黒は煮豆用大豆の最高級品に位置づけられています。この形質は枝豆の食味にも発揮されますので、丹波黒は近年、枝豆としても最高級品に認められることになりました。
丹波黒の産地は増加しましたが、旧来の産地の生産者と流通業者の中には「新興産地の黒豆は外観は同じでも味が劣る」という意見が多いのが現状です。
| 品種名 | 粗タンパク | 粗脂肪 | 全 糖 | 可溶性糖 | 灰 分 |
|---|---|---|---|---|---|
| 丹波黒 | 37.1 | 18.7 | 20.1 | 19.2 | 5.1 |
| タマホマレ | 37.1 | 19.0 | 20.0 | 16.9 | 5.2 |
| エンレイ | 39.6 | 17.2 | 17.9 | 15.6 | 5.6 |
上記の全糖の高さが煮豆の軟らかさに、可溶性糖の多さが食味の良さにつながっている。
品種に求められてきた能力は、とにかく日本国内で、大豆生産の安定を定着させようというねらいで、「安定多収」や「広域適応性」に重点をおいていました。実際にそのときに登場した「タマホマレ」などは、大豆の生産性をそれまでより飛躍的に上昇させ、農家を驚かせ、生産意欲にも結びつき、確かに国産大豆定着に大きく貢献しました。
しかし、この時期の品種目標は俗に「検査受けはよい」という販売者目的の観点であり、消費者ニーズを考えたものではありませんでした。タマホマレは粒揃いがよく外観上の欠点(褐目、紫斑粒、褐粒斑粒、裂皮粒)が少ないものでした。この検査規格は、外観上煮豆にふさわしい大豆を選ぶ観点に立ち、その判定結果が価値を決める仕組みになっていますが、現実には国産大豆の最大の用途は豆腐であるという食い違いが続いています。
このころ丹波黒は、国産大豆全体の中で、特異な大粒ではあるが栽培が難しいものであったために取り残された地方品種の一つにすぎませんでした。
国産大豆は価格面で圧倒的に差のある輸入大豆に対抗して、生き延びるための性格付けを明確に求められるようになってきました。すなわち用途別の、輸入大豆にない優れた品質特性を持つ、言い換えれば優れた特徴の故に高価でも需要が成立し、そのためには、ある程度までは栽培適性が劣ることがあってもやむを得ないとさえ考えられるようになってきました。
そうなると、その方向の一つの極に丹波黒がいることに大豆関係者は気がつきました。他の品種では替えられない煮豆材料として抜群の品質特性と、栽培者泣かせの作りにくさの併存。普通大豆に比べて栽培管理に数倍以上の手が掛かり、収量は半分、しかし販売単価は数倍から10倍以上という丹波黒を、もしできれば手がけたいという地域が全国に増えてきました。このような関心の高まりは、丹波地域への全国からの視察の多い現状にも現れています。
その意味では丹波黒は、もはや兵庫、京都だけの特産品ではなく、生産地域は西日本全域に広がり、国産大豆の中で重要な品種の一つになってきました。
少し理論的な面での「丹波黒」の事がわかったかな?